65歳、まだ終われない。
どこか毎日が手持ち無沙汰。
朝起きてネットサーフィンし、昼過ぎにはスポーツクラブへ。
それなりに充実しているが「このままでいいのだろうか」という漠然とした不安と孤独感が、胸の奥に澱のように溜まっていく。
何か新しいことを始めたいけれど、カルチャースクールや地域のボランティアはちょっと違う気がする。そんなモヤモヤを抱えていたある日、ネットで奇妙な広告を目にした。
ハリのない毎日
「イモ夫、ちょっとこれ見てよ」
リビングでPCと睨めっこしていた夫のイモ夫(62歳)に、スマホの画面を突きつけた。
「なに?『東京sキャリア塾』……?ばな子、また怪しいセミナーでも見つけたの?」
「怪しくないわよ!これ、受講資格が『65歳以上』限定なの。凄くない?普通は若者向けじゃない」
私、ばな子は今年で65歳。イモ夫もすでにリタイア組。
夫婦ふたりの時間は増えたものの、どこか毎日にも張りがなくなっていた。世間から必要とされていないような、社会の片隅に追いやられたような感覚。代わり映えのしない毎日のルーティンばかりに時間を取られ、「これからの20年、どう生きればいいの?」という問いに、私ひとり答えが出せないでいた。
老後の不安はどう解消するかの試行錯誤
老後の不安を解消しようと、これまでいろいろ探してみた。
例えば、地域のシルバー人材センター。悪くはないけれど、作業的な仕事が多く「これまでの人生経験を活かしている」という感覚は得られにくいイメージ。
カルチャースクールのパンフレットもみた。たしかに楽しそう。けれど、そこにあるのは「消費する時間」。仲間とおしゃべりして終わり。自分が社会とつながり、誰かの役に立っているという実感が持てないのが物足りなく感じそう。
他方で、若者が集まるビジネススクールやWebスキル講座に60代が飛び込むのは、かなりハードルが高い。倍以上の年齢差がある若者に囲まれ、ついていけずに肩身の狭い思いをするのが目に見えている。
既存の選択肢は、「暇つぶし」か「アウェイな環境」の二択になりがちだったのだ。
もやもやをどう乗り越えるか
その点、この「東京sキャリア塾」のコンセプトは画期的だった。「65歳以上限定」という条件が、最大の強みであり安心材料なのだ。
年齢による引け目を感じる必要が一切ない。全員が同世代であり、同じような「定年後の喪失感」や「もう一度輝きたい」という悩みを共有している。若者向けのスピード感に圧倒されることもなければ、退屈な時間つぶしで終わることもない。
シニアのリアルな悩みに寄り添いつつ、本気で次のキャリアや社会参加を目指す場所――。
「軽い気持ちで申し込んだけど、これは一度確かめてみる価値があるかも」
好奇心に抗えず、私は説明会が開催されるビルへと向かった。
東京セカンドキャリア塾の説明会

説明会当日、猛暑のなか出かける。
「行ってきます」と声をかけると、イモ夫が「気をつけてな。変な壺買わされるなよ」と茶化してきた。
会場のビルに到着し、エレベーターを降りると、人、人、人‥。
「……うそでしょ?」
会議室の周辺には、60代・70代と思しき人が。とりあえずあと数分をトイレに逃げて、戻った頃に開場されてた場内に。思っていたよりも人が多い。
会場内で担当者から告げられた言葉に、さらに驚かされた。
「今回の受講倍率は、3倍から4倍となっております」
3〜4倍!? 大学受験でもあるまいし、65歳を過ぎてから、学ぶためにふるいにかけられるとは、予想外だった。
周囲の参加者と少し言葉を交わした。
「退職して3年、自分の居場所が家の中にしかなくてね」
「まだ社会と関わっていたいんです。子供も独立したし、自分のために挑戦したくて」
皆、同じだった。お金のためだけじゃない。「自分という存在を、もう一度社会に役立てたい」という強い焦燥感と情熱が、部屋中に満ち満ちていた。30代の就職活動会場に戻ったかのような、独特の緊張感と熱量。カルチャースクールの和気あいあいとした雰囲気とは、まったく違う世界がそこにはあった。
説明会に参加してみて
説明会を終え、夕暮れの街を歩きながら
倍率の高さに「選考に通るかしら」という不安を感じている自分を発見。軽い気持ちで参加したのに、受講したいという気持ちに変わっている。
しかしそれ以上に、「世の中には、こんなにも前を向いて生きようとしている同世代がたくさんいる」という事実を知れただけで、視界がパッと明るくなった気がした。
家に帰ると、イモ夫が夕飯の準備をしながら待っていた。
「どうだった?ばな子」
「すごかったわよ。3倍以上の倍率なんですって。みんな目が生き生きしててね……」
老後の不安を消すのは、銀行の残高でも、代わり映えのしない毎日でもないのかもしれない。「これからどう生きていくか」を自分の意思で選び、同じ志を持つ仲間とともに一歩踏み出すこと。それこそが、モヤモヤとした孤独を吹き飛ばす一番の薬なのだ。
とりあえず、面接の日程を申し込み。65歳。私の第二の人生は、まだ始まったばかりだ。

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